知る
2020.06.23

梅干しが全国に広まったきっかけはおにぎりだった!

梅干しといえば、しょっぱくて白米によく合う食材の一つですが、梅干しがどのようにして日本全国に広まったかご存知ですか? 今回は、梅干しの歴史について見ていきましょう。

梅干しが書物に初めて登場したのは、平安時代に宮中医官を務めた丹波康頼が撰した日本最古の医学書である「医心方」でした。梅干しは医心方に効用が記述されるほど効果がある食べ物でしたが、梅の実が貴重なものだったこともあり、貴族などの身分が高い人たちしか食べることができませんでした。さらに、しょっぱいことが原因で当時は、あまり好まれてはいなかったそうです。

そんな梅干しが全国に広まるきっかけとなったのが、鎌倉時代に起きた承久の乱でした。保存ができる上に、殺菌効果のある梅干しを入れたおにぎりを、幕府が自分たちの兵士に配ったことがきっかけて全国に梅干しが広まったといわれています。その後梅干しは、戦場で素早く栄養補給するのに適している食材として重宝されるようになり、梅の栽培が次第に増えていきました。

江戸時代になると梅干しが庶民まで広がり、おかずとして食べられるようになりました。また、梅干しは祝儀物としても扱われたため、梅干しに熱いお茶を注いだ「福茶」や黒豆と梅干しのおせちである「喰い積み」として大晦日や正月に食べていたそうです。

今でも、おにぎりの定番の具材として人気のある梅干しは、おにぎりの具として使われたことがきっかけで全国に広まった食べ物だったのです。

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